山岳トンネル工事において、最も緊張感が走る場所はどこか。それは間違いなく「切羽(きりは)」、つまり掘削の最先端部です。
2026年1月、大林組は慶應義塾大学発の技術を活用し、この切羽直下での作業を完全に無人化する画期的な実証に成功しました。若手技術者の皆さんにとって、将来の「当たり前」になるかもしれないこの技術を深掘りします。
《力触覚技術を活用した火薬装填作業の無人化》とは?
大林組が発表したこの技術は、「慶應義塾大学発の力触覚技術『リアルハプティクス®』を応用し、トンネルの火薬装填作業を遠隔・無人で行うシステム」です。
プレスリリース上では、以下のように説明されています。
「切羽直下での有人作業をゼロにすることを目指し、力触覚伝達技術(リアルハプティクス)を搭載したロボットアームを用いることで、遠隔地からでも繊細な力加減が必要な火薬装填作業を可能にした技術」 (引用元:大林組 ニュースリリース)
一言で言うと、「現場の感触を操縦者に伝えながら、ロボットが代わりに火薬を詰め込んでくれる技術」です。

従来工法との違い
これまで、山岳トンネルの爆破掘削(発破)に向けた火薬の装填作業は、主に「有人による手作業、または高所作業車を用いた近接作業」で行われてきました。
そのため、以下のような課題がありました。
- 【課題①】切羽崩落(肌落ち)による重大事故のリスク 掘削直後の切羽は非常に不安定です。支保工(トンネルの骨組み)を立てる前の「切羽直下」は、最も岩盤崩落の危険が高く、作業員の安全確保が常に最大の課題でした。
- 【課題②】過酷な作業環境 粉塵が舞い、湿度の高いトンネル最奥部での長時間の立ち作業は、身体的負担が極めて大きいものでした。
今回の新技術では、「作業員が切羽から完全に離れ、かつ『穴の奥に詰まった感触』をリアルタイムに感じながら作業できる」点が、これまでの単なる自動化とは一線を画す大きな違いです。

【現場目線】正直どうか
現場を預かる技術者として、この技術をどう見るべきか。正直なポイントをまとめます。なにはともあれ、最も危険な場所である切羽に行かずに済むというのはとても大きなインパクトがあります。
現場メリット①:切羽直下に行かなくても済む「圧倒的な安心感」
これが最大のインパクトです。トンネル工事で最も危険な場所が切羽になります。若手の皆さんも、初めて切羽に入った時のあの独特の威圧感は覚えているはず。この技術があれば、崩落のリスクがあるエリアに人を立たせる必要がなくなります。安全管理書類の上だけでなく、実質的な「死亡事故リスクのゼロ化」に直結します。
現場メリット②:場所を選ばない「遠隔操作」の可能性
今回の実証では、現場から離れた拠点からの操作も視野に入れています。将来的に、熟練の装填技術者が涼しい事務所や、あるいは他県のオフィスから複数の現場の装填作業を「掛け持ち」する、といったDX時代の働き方が現実味を帯びてきます。
現場の注意点:環境構築とスキルの習得
一方で、バラ色の話ばかりではありません。
- 通信環境の整備: リアルハプティクス(力触覚)はデータのやり取りが肝です。トンネル最奥部まで、遅延のない安定した大容量通信網を構築する必要があります。
- 操作への慣れ: 「感触が伝わる」とはいえ、やはり実機を直接触るのとは勝手が違います。ゲームのコントローラーに近い感覚で、繊細な火薬の扱いをマスターするための訓練期間が必要です。
どんな現場でも明日からすぐ導入できる、という魔法の杖ではなく、「事前のインフラ準備が勝敗を分ける技術」だと言えます。
【設計・計画目線】ここが変わる
設計や施工計画の段階では、以下の点がポイントになります。
これまでは「切羽付近に人を立たせること」を前提に、厳重な防護柵や監視員の配置、緊急退避計画をガチガチに固める必要がありました。この技術の導入により、「そもそも人がいない前提」での施工計画が可能になります。
また、従来は避けていた「地質不良箇所での積極的な発破工法の採用」も、無人化によって安全性の観点から検討しやすくなるでしょう。
一方で、設計・計画側では「専用ロボットの配置スペース」や「通信基地局の設置場所」を工程に組み込む必要があり、これまでとは異なる視点での施工シミュレーションが求められます。
結論|向いている現場・向いていない現場
【比較表:従来工法 vs リアルハプティクス無人装填】
| 項目 | 従来工法(有人) | 本技術(遠隔無人) |
|---|---|---|
| 安全性 | 切羽直下での被災リスクあり | 極めて高い(無人) |
| 作業者の負担 | 高い(粉塵・振動・立ち仕事) | 低い(冷暖房完備の操作室) |
| 必要設備 | 一般的な高所作業車など | 触覚伝達ロボット・高速通信網 |
| コスト | 人件費が主 | 設備投資・通信維持費が必要 |
| 施工速度 | 熟練工なら迅速 | 現時点では慎重な操作が必要 |
向いている現場
- 大規模・長大なトンネル: 設備投資の回収がしやすく、遠隔化のメリットが最大化されます。
- 地質が極めて悪い現場: 「いつ崩れてもおかしくない」ような難所では、この技術が唯一の解になる可能性があります。
- ICT施工を積極的に推進している現場: すでに通信インフラが整っている現場では導入ハードルが低いです。
向いていない現場
- 断面が極端に小さい小口径トンネル: ロボットアームの可動域や設置スペースが確保できない場合があります。
- 短距離のトンネル: システムの搬入・調整コストが、人件費削減のメリットを上回ってしまう可能性があります。
大林組のこの試みは、建設業を「キツい・危険」な仕事から、「高度なスキルでロボットを操る」クリエイティブな職業へと進化させる大きな一歩です。若手技術者の皆さんが所長になる頃には、切羽に人がいる風景の方が珍しくなっているかもしれませんね。


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