ニュースの紹介
計測技術の世界的リーダーであるHexagon(スウェーデン)のGeosystems部門は、2025年、同社の建設現場向けリアリティキャプチャ製品群を「Hexagon Multivista」ブランドへと統合・リブランディングすることを発表しました。
これは、旧来のLeica Geosystems(ライカジオシステムズ)が持つ高精度なハードウェア(BLKシリーズ等)と、Hexagonが2016年に買収した施工写真・文書管理プラットフォーム「Multivista」のソフトウェア機能を高度に融合させる戦略的な動きです。単なる製品名の変更に留まらず、測量から施工管理、さらには竣工後の施設管理(FM)に至るまで、建設プロジェクトの全ライフサイクルを一貫したデジタルエコシステムで管理することを目指しています。本記事では、このリブランディングが世界の建設業界、特に日本の土木・建築分野にどのようなインパクトを与えるのかを詳細に解説します。
内容の解説:Hexagon Multivistaの仕組みと構造
「Hexagon Multivista」は、一言で言えば「ハードウェアによる高精度なデータ取得」と「クラウドによる直感的なデータ共有・管理」をシームレスにつなぐプラットフォームです。
1. 誰が使うのか?
主なユーザーは、ゼネコン(元請)の施工管理技術者、発注者、設計監理者、そしてPM(プロジェクトマネージャー)です。従来の測量機器が「測量の専門家」のための道具であったのに対し、Multivistaは「現場に関わる全ステークホルダー」が日常的にアクセスする情報基盤として設計されています。
2. どのようにデータを取得するのか?
以下のマルチデバイスに対応しています。
- 360度カメラ: 日常的な現場巡視において、歩きながら周囲を撮影。
- 3Dレーザースキャナー(Leica BLKシリーズ): 構造物の配筋、鉄骨、設備配管などを数ミリ精度の点群データ(Point Cloud)として取得。
- UAV(ドローン): 大規模土工の進捗管理や、高所・危険箇所の点検。
- 固定カメラ(Webcam): 現場のリアルタイムタイムラプス撮影。
3. どのようなシステムか?
取得されたデータは、すべて「位置情報(BIM/図面)」と「時間軸」に紐付けられ、クラウド上のプラットフォームに統合されます。 最大の特徴は、「設計値(BIMモデル)」と「現況値(キャプチャデータ)」を同一画面上で重ね合わせ(オーバーレイ)できる点です。これにより、設計との不整合を即座に発見できるだけでなく、壁の裏側に隠れてしまった配管や配線の位置を、竣工後でも「透視」するように確認することが可能になります。
国内の従来手法との比較
日本の現場における従来の手法と、Hexagon Multivistaが提唱する新しいフローを比較します。
比較表:従来フロー vs Hexagon Multivista
以下の表は、一般的な日本の土木・建築現場における管理業務の比較です。
| 比較項目 | 国内の従来手法(手動・分散型) | Hexagon Multivista(統合・自動型) |
|---|---|---|
| データ取得 | デジカメによる写真撮影、トータルステーションによる点計測 | 360度カメラ・3Dスキャンによる空間一括キャプチャ |
| 情報の紐付け | 撮影後に事務所で図面と写真をリンク。フォルダ分け作業 | 撮影時に位置情報(GPS/BIM)と自動的に同期・マッピング |
| 設計比較 | 現場でメジャー計測し、図面数値と照合(手書きメモ) | クラウド上でBIMモデルと点群・写真を直接重ね合わせ |
| 進捗共有 | 週報・月報、あるいは会議での報告。情報のラグが発生 | クラウドを通じたリアルタイム共有。遠隔地からの確認 |
| データの価値 | 検査・記録のための「証拠」として死蔵される | 竣工後のメンテナンスやリノベーションに使う「生きた資産」 |
従来フローのどの部分に最もアプローチしたのか?
Multivistaが最も強くアプローチしたのは、「情報の断片化と検索コストの解消」です。 従来の日本式フローでは、写真は写真、測量データは測量データ、図面は図面として別々に管理されており、特定の箇所の「1ヶ月前の配筋状態」を確認しようとすると、膨大な写真フォルダや図面ファイルから探し出す必要がありました。Multivistaは、図面の任意の場所をクリックするだけで、その地点の全期間の履歴にアクセスできる「時間軸を持った視覚的アーカイブ」を提供することで、この管理コストを劇的に削減します。
日本で使用できるか?
結論から述べると、「一部調整すれば十分に使えるが、文化的なパラダイムシフトが必要」という評価になります。
1. 契約構造(責任の所在)
日本の建設業は「JV(共同企業体)」や「重層下請構造」が一般的です。Multivistaのようなプラットフォームに全てのデータを集約した場合、データの所有権や、入力ミスが発生した際の責任の所在を事前に契約で整理しておく必要があります。
2. 協力会社との分業
日本では「写真は施工業者の若手社員が撮るもの」という意識がまだまだ強いですが、欧米ではMultivistaのような専門業者が「撮影・記録サービス」としてアウトソーシングされることも多いです。協力会社にデータ提供を求める際、彼らの作業負担を減らすインセンティブ(例えば、検査の簡略化など)を提示できるかが鍵となります。
3. 発注者要求
国土交通省が進める「PRISM」や「BIM/CIM原則化」の流れがあり、3Dデータの提出は追い風です。しかし、依然として「電子納品要領」に基づいた静止画のアルバム形式が求められる場合、二重管理が発生する恐れがあります。
4. データ納品文化
「紙の図面」や「完成写真帳」という形式から、クラウド上の「デジタルツイン」を納品物として認める文化への移行が必要です。維持管理段階で発注者がこのシステムを使いこなすメリット(補修箇所の特定容易化など)を理解すれば、一気に普及する可能性があります。
海外ODA案件ではどうか
海外の政府系発注者は、汚職防止や工期遅延の透明性を確保するため、客観的な記録(Reality Capture)を強く求める傾向があります。
実装しやすい点
発注者(政府)が遠隔地にいる場合や、日本のコンサルタントが日本から現場をモニタリングしたい場合、Multivistaのクラウド機能は強力な武器になります。「現場が今どうなっているか」を嘘偽りなく共有できるため、信頼関係の構築に寄与します。
ボトルネックになる点
通信インフラが未整備な地域では、大容量の点群データや高解像度画像のアップロードが困難です。また、Leicaのような高価なハードウェアの現地での盗難リスクや、故障時のメンテナンス体制も課題となります。
設計側で準備すべきこと
あらかじめ「どのような頻度で、どの程度の精度でキャプチャを行うか」を仕様書(Employer’s Information Requirements: EIRなど)に明記し、その費用を設計金額に含める必要があります。また、BIMモデルのLOD(詳細度)を、リアリティキャプチャと照合しやすいレベルに設定しておくことが重要です。
導入すると負担が増えるのは?
セクションごとの負担変化を評価します。
初期段階(セットアップ期)
- 負担増:BIMマネージャー、システム担当者
- BIMモデルのアップロード、座標系の設定、各ユーザーの権限設定など、初期設定には相応のスキルと時間が必要です。
- 負担減:特になし
- この段階では投資の側面が大きいです。
運営段階(工事期間中)
- 負担増:現場作業員・若手技術者
- 定期的な撮影(360度カメラでの歩行など)という「新しい日課」が発生します。
- 負担減:施工管理技術者、発注者
- 劇的に減ります。 事務所に戻ってからの写真整理、図面への貼り付け作業、報告書の作成時間が消失します。また、不具合発生時の現状確認のための移動時間も不要になります。
向いている工事、向かない工事
向いている工事
- 複雑な設備が密集するプラント・地下構造物: 配管や配線が隠蔽される前に高精度スキャンを行うメリットが極めて大きいため。
- 歴史的建造物の改修・補強: 現況の正確な把握が不可欠であり、既存図面がない場合にリアリティキャプチャが威力を発揮するため。
- 大規模な再開発プロジェクト: ステークホルダーが多く、遠隔での情報共有の必要性が高いため。
向かない工事
- 小規模な舗装補修: 変化が平面的で単純なため、高価なシステムを導入するコストメリットが出にくい。
- 変化の激しい大規模土工: 毎日地形が変わるため、スキャンのタイミングが難しく、GNSS搭載の重機側データで管理した方が効率的な場合がある。
- セキュリティ制限が極端に厳しい施設: クラウドへのデータアップロードが禁止されている現場では、システムの根幹が機能しないため。
編集後記
今回、HexagonがMultivistaを主軸に据えたことは、建設業界がいよいよ「計測(測量)」という点から「持続的なデータのコンテキスト化」へとシフトしたことを象徴しています。
日本の現場では、いまだに「測量は測量屋さんに頼むもの」「写真は新人が頑張って整理するもの」という職能の分断が見られます。しかし、若手技術者の不足が深刻化する中、Multivistaが目指す「現場を歩くだけでデジタルツインが構築される」世界観は、もはや贅沢品ではなく生存戦略です。
「BLK2GOを持って現場を歩く」ことが、単なる記録作業ではなく、発注者への最大のサービスであり、自分の身を守る確実なエビデンスになる。そんな意識の変化が、日本の建設DXを次のステージへ進めるのではないでしょうか。若手技術者の皆さんには、こうした「統合プラットフォーム」の操作を、CADやExcelと同じように当たり前のスキルとして身につけていくことを期待しています。